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中国のチベット学(三)

  チベット族の民間文学?芸術の収集と整理の作業

  悠久な歴史を持つチベット族の民間文学?芸術は、鮮明な民族と地域の特徴を持っている。50年代において、漢民族とチベット族の文学者、芸術家はチベット族の民間文学?芸術の発掘、収集、整理を展開し、『チベットの民話』を編集して、出版した。  

  1984年、中国共産党中央はチベット工作に関する指示の中で、「チベット族は古い独特な文化伝統を持ち、文学?芸術の遺産は豊富多彩で、歌にも踊りにもぬきんでた民族である。民族の文化、芸術を充分に尊重するとともに、科学的にそれを受け継ぎ、発展させ、文化財の古跡を保護しなければならない」と明確に指摘している。こうした指示にしたがって、チベット自治区の関係部門は多くの人力、物資、資金を投じて、計画通りに広く伝わっている民間の音楽、踊り、チベットの地方劇、民間歌曲、民謡、格言、寓言、神話、伝説、民話などに対して大がかりな収集、整理、研究を行った。1992年末までに、自治区はチベット族、メンバ族、ローバ族の民間の文学芸術資料(字数は億以上)を一冊の本にまとめ上げ、すでに出版されるあるいは間もなく出版される書籍には、『チベットの民話集』、『チベットの歌謡集』、『チベットのことわざ集』、『チベットの民間舞踊集』、『チベット民間の器楽曲集』、『チベットの演劇誌』、『チベット曲芸(演芸)誌』など民族の民間文学?芸術シリーズがあり、民族文化遺産の保護において全面的に効果的な応急措置をとった。

  ここで特筆しなければならないのは、新中国が設立してから『ケサル王伝 』の保存のために応急措置をとったことである。『ケサル王伝 』はチベット族の民間に広く伝わっている歌入りの講談タイプの英雄史詩で、内容が豊富であり、世界でもまれに見る長篇の史詩である。その内容はケサル王をはじめとする英雄たちが人民とともに、勇敢に凶悪な勢力と戦ったことを歌い上げたものであり、昔のチベット族社会の戦争、生産、生活、民族、宗教、道徳、愛情、家庭などを全面的に反映し、昔のチベット族人民の百科全書とも言え、高い美的価値と学術的価値があり、哲学、社会学、歴史学、文学、民族学、宗教学、美学などの研究のために貴重な資料を提供している。

  長期にわたって、『ケサル王伝』は主として芸人の口頭伝承で歌入りの講談のタイプで広く伝えられ、伝承が途絶える危険があった。そのため、50年代から、国はチベット、青海、四川などの自治区、省でこの史詩に対して応急措置をとり始めた。1978年以後、『ケサル王伝』は第6次五ヵ年計画期と第7次5ヵ年計画期の国の重点科学研究プロジェクトに組み入れられた。中国社会科学院民族文学研究所とこの史詩の広く伝わっている省?自治区はいずれも専門の指導グループと担当機構を設立し、手を携えて『ケサル王伝』の発掘、収集、録音、整理、研究、出版の仕事に取り組むと同時に、シンポジウム、民間芸人の講談の会を催した。チベット自治区を例にとってみよう。1978年から1988年までの10年間には、全面的調査を通じて、内容の違う歌の入った講談異本180余り、刻本、手書き本、謄写版刷りのもの55種(合わせて83部)が収集され、整理されたものは、第一部7冊、18大冊、149小冊など、合わせて174がある。芸人の歌入りの講談を70冊録音してテープ3000余ケースを制作し、民間に言い伝えられているケサルの遺跡をいくつか見つけ、11点の「ケサルとかかわりのある実物」、ケサルに関する民間の言い伝えを30数カ条発掘した。約100万行、1500万字の本を80冊にまとめることができると見られている。現在までに、すでに20数冊の本が出版されている。そのほか、半世紀以来のケサル研究の成果を集中的に反映した『ケサル集』も最近出版された。


  チベット学古籍の出版事業

  中国の各民族の文字で書かれたチベット学の古籍は数えきれないほどあり、今世紀20、30年代において、旧中国で系統的にチベット学の古籍を整理することをめざし、いろいろと努力が払われてきたが、必要な条件を揃っていなかったため、その願いがかえられなかった学者もいた。  

  新中国が成立してから、とくにここ十数年来、中央と地方の各関係研究機構、出版部門はチベット学の古籍への応急対策、整理、出版に力を入れた。統計によると、80年代末までに、全国各地が出版したチベット語の古籍は200余種、百万冊に達した。そのうち、『青史』、『赤史』、『智者の好む宴会』、『チベットの王臣記』、『朗氏家系図』、『サキャ家系史』など歴史的名著だけでなく、宗教、文学、詩歌、文芸理論、文法などの代表作もある。『四部医典』、『暦算派典』など科学技術の文献も出版された。  

  チベット語の原著を除き、チベット語の史料選集も出版された。例えば、『チベット歴代公文書選集』、『チベット歴代法規選集』、『中国チベット地方歴史資料選集』などがそれで、チベット語の史籍でしか見られない歴代の重要な歴史文献を収録されている。  

  『中華大蔵経』は『ガンチュル』(チベット語)と『ディンチュル』(注解)とともに、伝統的チベット学の百科全書である。1987年に、中国チベット学研究センターは成都で大蔵経校勘局を設立し、さまざまな『大蔵経(ディンチュル)』の異本に対して比較校勘を行い、16ページ上製本158冊の権威ある『大蔵経』の対照本を出版することになり、漢字の『中華大蔵経』とともに貴重なものになるだろう。現在、この雄大なプロジェクトが進められており、第一巻は年内に中国チベット学出版社から出版、発行される。チベット語の古籍を整理、出版すると同時に、漢字で書かれたチベット学の文献の整理、出版でも大きな成果をあげた。すでに出版された漢字の古籍には、隋?唐の時代から民国期に至る実録もの、保存公文書、上奏書、方策、地方誌、旅行記、筆記、日記などを含む200種以上、百万冊がある。その中には、まれに見るものか、ひいては伝承が途絶えそうになっている一冊しか現存していない古書、善本、手書き原稿もある。『全唐文全唐待吐蕃料史』、『通鑑吐蕃史』、『明代実録チベット族史料』、『清代実録チベット族史料』、『チベット奏疎』、『清代末期四川?貴州国境事務保存公文書資料』、『明?元代チベット事務電文原稿』、『第13世ダライラマ円寂祭と第14世ダライラマ転生座床保存公文書選集』、『第9世パンチェンの内地での活動及び帰途で阻害を受けたことについての保存公文書選集』、『チベット事務処理に関する黄慕松、呉忠信、趙守鈺、戴伝賢の報告書』などは、チベット学研究者にとって不可欠の重要文献資料である。

  チベット族、漢民族など各民族の学者の密接な協力と共同の努力のおかげで、チベット語と漢字のチベット学の古籍の相互翻訳作業も大きな成果をあげた。  

  チベット語と漢字で書かれたさまざまな古籍を出版することは重要な意義がある。それはチベット学を研究している人々に豊富な歴史の資料を提供しただけでなく、 「チベット独立」の陰謀を暴露し、祖国の統一を守ることに確固とした、有力な証拠を提供するとともに、重要な歴史的文化財をも保護することでもあった。旧チベットでは、多くの珍しい著作は1、2冊の手書き本しかなく、それを木刻版にして印刷するとしても、その伝播の範囲も非常に狭いという特別な論評を書いた人もいる。近代のチベット地方政府は歴史文献を密封して保存し、一般の人は自由に目を通すことができなかった。数百年にわたって目を通すことが制限されてきたチベット語の典籍は新中国が成立してから、さまざまな装丁の精緻な活字本に制作され、広範囲で発売され、再びチベット族の人々の手に戻るようになった。  


  チベット学研究の学術成果  

  冒頭で述べたように、広義から言えば、中国のチベット学には長い歴史があり、1、2千年前までさかのぼることができる。しかし、科学的な意義を持つ近代的チベット学研究は新中国が成立してから、確立されたものである。新中国のチベット学と伝統的チベット学との根本的な違いは、まず、新中国のチベット学研究者は現代科学の理論と手段でチベット族とその社会の諸方面を分析、研究し、チベット学研究を新たな段階に高めたことである。次に、新中国のチベット研究は伝統的チベット学の大五明(工巧明、医方明、声明、因明および内明)と小五明(詩詞、語彙、音韻、劇曲、暦法)の範ちゅうを突き破り、チベット族とその社会の諸領域(政治、経済、民族、歴史、宗教、哲学、言語、文字、文学?芸術、法律、制度、教育、考古学、民俗、医薬、暦法、製造技術などを含む)を全面的に研究することにまで広がるようになった。その中の主なものは社会科学であるが、若干の自然科学の内容も含まれ、総合的学科体系である。

  紙面の制約もあるため、本文は新中国のチベット学研究者が上記の分野であげた研究成果について詳しく紹介することができず、上記の説明は簡単な要約にすぎない。  

  おおまかな統計によると、40数年来、中国のチベット学界の人々が書いた論文、文章は約6000もある。そのうち、一部は『中国チベット学』、『チベット研究』、『中国チベット』、『外国におけるチベット学の動き』、『チベット社会発展の研究』、『雪国の文化』、『チベット芸術研究』、『チベットの教育』、『チベットの仏教』などのチベット学の刊行物に発表された。そのほか、国内の多くの関連ある学術刊行物、新聞もチベット学論文の発表に紙面を提供し、チベット学論文の特別出版を行ったケースもある。

  中国のチベット学界の専門家、学者が出版した各種学術専門著作は百種以上に達し、『チベット通史』、『チベット略史』、『チベットの政教一体制度を論ずる』、『蒙古?チベット関係史』、『清政府とラマ教』、『ダライラマ伝』、『チベット地方は中国の不可分の一部』、『外国のチベットへの侵略、干渉に反対する中国の地方闘争史』、『チベット革命史』、『チベット封建農奴制の形態』、『チベット宗教史』、『チベット仏教発展の略史』、『チベット族文学史』、『チベット語簡略誌』、『漢語?チベット語概論』、『現代中国のチベット』、『チベット――非典型二元化構造の下の発展?改革』などの著作はいずれもより深く掘り下げた研究を基礎に踏まえて、チベット学研究の関係分野の問題を解明したものである。そのほか、数十種類の辞書、図書目録などが出版された。そのうち、特筆すべきものは、今は亡き張怡遜教授が編集長となり、約60人のチベット学の専門家が編纂した『チベット?漢語大辞典』である。この辞典は漢語とチベット語を明解し、単語5万3000を収録し、計300余万字からなり、国内外で収録語彙が最も多く、高い学術的価値と使用価値を持つ百科全書のような辞典である。『チベット?漢語大辞典』が出版されてから、国内外のチベット学界の間で好評を博し、「チベット学発展史における一里塚としての労作」とたたえられている。


  国内外の学術交流  

  チベット学研究事業の発展を促進するため、中国のすべてのチベット学研究機構と科学研究要員はつねにさまざまな学術交流を行い、毎年規模の異なったチベット学学術会議を何回か開き、つねにさまざまな特別テーマの講座、セミナー、研修コースを開設し、訪問学者を互いに派遣し合い、いくつかの重要な科学研究プロジェクトについて共同研究を展開している。  

  1980年以来、中国のチベット学界の対外学術交流は日増しに頻繁となり、国外で開催されたチベット学国際会議ではほとんどどこでも中国のチベット学学者の姿が見られる。中国のチベット学の専門家はしばしば招きを受けて国外に赴いて学術視察を行ったり、訪問したり、学術講座を担当したり、共同研究を行ったりしている。同時に、中国を訪問してさまざまな学術交流活動に参加する外国のチベット学研究者もますます多くなっている。中国チベット学研究センターが発足以来、延べ数百人の外国の学者と香港?台湾の学者を受け入れている。また中国でチベット学を勉強している国外の研修生、留学生も少なくない。ここ数年来、中国チベット学界は北京、ラサなどで何度も国際学術会議を開催し、これらの会議に出席した人たちの中には、イギリス、アメリカ、フランス、日本、インド、モンゴル共和国、チェコ、旧ソ連などと中国の台湾?香港地区の学者もいる。中国語に翻訳されて中国国内で発行されている国外学者の著作もいくつかある。中国のいくつかのチベット学研究機構は国外の学術機構と協力?交流の取り決めを結び、国際学術交流を制度化している。上述の交流を通じて、国内外の学界の人たちの間の相互理解と友情を深め、チベット学事業の発展を促している。中国政府の対外開放政策の指導の下で、中国のチベット学界と国外の学界の人たちとの学術交流はより広い領域で順調に発展し続けることであろう。

  本文を終えるにあたり、筆者は関係部門の協力を得て、中国が『チベット学図書目録』を間もなく出版するということを耳にした。チベット語、漢語、英語で出版される同書は全面的かつ系統的に新中国成立40数年来の中国のチベット学界の学術の成果を反映するものである。人々はこの本に目を通しさえすれば、チベット族の文化財の保存、チベット族の優れた伝統文化の発揚、チベット学研究の発展の促進に対して新中国が払った努力とその成果に対して深い感銘を覚えることであろう。そしてそれはまた本文の手落ちといたらない点を補いうるものだとも思うのである。



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