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中国のチベット学(二)

  チベット学の研究機構  

  新中国成立以後、中国政府はチベット自治区とその他のチベット族の集中している地区の経済成長、社会の進歩を促し、民族の優れた文化遺産の保護を強化するため、チベット学研究の事業を非常に重視することになった。50、60年代において、北京、チベット、四川、青海、甘粛などの省、直轄市、自治区の科学研究部門、大学、政府部門には専門のチベット学研究機構が設置された。1978年に入ってから、国はさらにより多くの人たちを集めて、既存のチベット学研究陣を充実させるとともに、新たな研究機構を設立した。現在、こうした研究機構は50余カ所に達する。  

  チベット自治区社会科学院はチベット最大の総合的研究機構である。同科学院は1978年から設立の準備に取りかかり、1985年8月5日に正式に設立された。現在、同科学院には民族研究所、宗教研究所、言語文字研究所、資料情報研究所およびチベット文字古籍出版社、『チベット研究』雑誌社などの機構がある。現在、この科学院は科学研究要員を百人以上擁し、前後して約100の研究課題を担当し、その中の多くは国あるいは自治区の重点プロジェクトである。陝西省咸陽市にあるチベット民族学院は、チベット公学を基礎として1965年に開設されたものである。これはチベット自治区の最初の文科を主とする大学で、教職員約600人を擁している。数十年来、チベット民族学院はチベット自治区のために何万人ものいろいろな専門人材を育成したほか、チベット学研究を主とする科学研究を行い、多くの研究成果をあげた。ラサにあるチベット大学は1985年に正式に開設され、自治区内で規模が最大の総合大学で、教師300余人を擁している。この大学はチベット自治区の経済の成長と文化事業のためにいろいろな専門人材を育成したほか、一部の専門分野でチベット学研究をも行っている。

  上記の総合的研究機構を除き、チベット自治区にはさらに多くのチベット学特別科目専門研究機構が設置されている。例えば、自治区科学技術委員会民族教育研究所、自治区文化庁チベット芸術研究所、自治区チベット病院?チベット族医師?天文暦法研究所、自治区人民医院チベット医学科学研究所、自治区『ケサル王伝』復活作業弁公室、サラ市誌弁公室、自治区?ラサ市両クラスの政治協商会議文化歴史資料委員会、自治区公文書保存館と考古学調査チームなどがそれである。そのほか、自治区人民政府のいくつかの機能部門およびチベット農牧学院などにも、専門研究機構が設置されている。  

  チベットの建設の必要に適応するため、自治区はまたチベット経済社会発展研究センターを設立した。同センターには農業?牧畜業経済研究室、財政金融研究室、経済情報研究室、経済成長戦略研究室、社会発展諮問研究室などの機構を設置している。同センターの研究者はチベットの実情から出発して、チベットの社会主義現代化建設を加速するため献策している。  

  首都北京は全国の政治?文化の中心で、人材が集中し、資料が多く、情報の伝播が速いことでよく知られており、チベット学を発展させるための有利な条件が揃っている。新中国成立の初期に、北京市には専門のチベット学研究機構が設置された。40年余りの発展と整備を経て、現在、北京には中国社会科学院民族研究所のチベット語研究グループ、チベット族歴史研究グループとチベット族農奴制研究グループ、中国社会科学院少数民族文学研究所チベット族文学研究室と全国『ケサル史詩』研究指導者グループ、中央民族大学チベット学研究所と民族言語学科(蒙古語、チベット語、朝鮮語)、北京図書館兄弟民族部チベット語グループ、北京民族図書館チベット語部などがある。これらの機構には数多くの著名なチベット学専門家が集まっており、影響の大きな科学研究成果が多数発表されている。  

  特筆すべきなのは、国の全力をあげての助成と協力の下で、中国チベット学研究センターが1986年北京に設置されたことである。同センターでは歴史宗教研究所、経済文化研究所、文献(図書館を含む)研究所と中国チベット学出版社(『中国チベット学』雑誌社を含む)などの機構が設置され、130余人のスタッフがいる。同センターが発足してから、いくつかの重要な研究課題を担当し、いくつかの研究成果をあげたばかりでなく、全国のチベット学研究と対外学術交流を組織、協調する任務を担っている。中国チベット学研究センターの設立は、中国のチベット学研究事業が新たな発展段階に入ったことを示す重要なメルクマールである。1986年に入ってから、国は前後して中国チベット学研究センターの建設のために数千万元を投じた。1995年末に、施設がそろい、機能の先進的な、濃厚な民族的風格を持つ中国チベット学研究センターの科学研究ビルが北京市の北の郊外にあるアジア競技大会選手村の東側に立っている。

  新中国が成立した後、とくにここ10年来、かなりのチベット族人口を擁している四川、青海、甘粛、雲南などの省でも一部のチベット学研究機構が設立された。そのうち、かなりよく知られているのは四川チベット学研究所、四川チベット学書院、四川外国語学院国外チベット学研究センター、四川省社会科学院歴史研究所チベット学研究室、西南民族学院歴史研究所チベット学研究室、民族研究室と民族言語研究所チベット語研究室、四川大学歴史研究所、青海省社会科学院チベット学研究所と民族研究所、西北民族学院西北民族研究所、青海省文化連合会『ケサル史詩』研究所、甘粛省チベット学研究所、雲南省社会科学院迪慶チベット学研究所などである。これらの機構の研究者はそれぞれの省?自治区の実情から出発して自らの強みを発揮し、多くの特色を持つ研究成果をあげ、所在する省?自治区のチベット学研究事業の発展を促す面で重要な役割を果たしている。

  上記のチベット学研究機構のほか、中国の多くの科学研究機構、大学と政府機関には数多くの研究室、課題研究グループがあるとともにチベット学の個人研究者もいる。それと鮮明なコントラストをなすのは、1949年以前の旧中国では、チベット自治区にせよ、大陸部にせよ、いずれも専門のチベット学研究機構がなかったことである。  


  チベット学研究陣

  旧中国では、チベット学研究に従事している学者の数はかなり少なかった。当時は条件が非常に苦しかったからだ。新中国成立の初め、国はチベット学を振興するために、各地に分散していた各民族の専門家をチベット学研究機構に招聘し、彼らのために仕事と生活のよい環境を提供した。

  中国政府は1951年6月北京で中央民族学院を設立した。学院に設置された最初の学科はほかでもなくチベット語学科である。その時、中央民族学院は全国の各大学から一部の学業の面で優れ、品行の面でも立派な若者を募集して研修させ、新中国のチベット学研究陣の育成はこうしてスタートしたのである。これらの学生はベテランの専門家、学者の指導の下で、その大部分がチベット学の研究、教育、編集?翻訳、出版の面での高級専門人材となっている。

  60年代の初め、周恩来総理の配慮の下で、中央民族学院は古代チベット文字研究グループを設置し、チベット族の高名の先生を招聘して授業し、チベット学の言語、宗教、哲学、医学、天文学などさまざまな学科の教育と研究を行っている。この研究グループから巣立った人たちの多くはハイレベルの学者となっている。それと同時に、西北民族学院、西南民族学院、青海民族学院、チベット民族学院などの大学はチベット学の人材育成の面でも大きな貢献をした。  

  1978年以後、全国で百人近くのチベット学の大学院生が大学院の課程を修了し、その中の半数以上はチベット族の人たちである。そのほか、多くの学部生、専門学科の学生が卒業した。彼らの中の多くは次々とチベット学研究分野に戻っている。これらの青壮年の学者は古い学説の束縛を受けず、ハイレベルの学術論文を発表し、学界で頭角をあらわした。中国のチベット学の研究は前人の事業を受け継ぎ、将来の発展に道を開く新しい局面を迎えるようになった。

  考古学

  旧チベットでは、文化財に対する考古学的研究は基本的に未開発の分野であり、ただいくつかの異なった目的を持つ外国の宣教師、ビジネスマン、探検家と学者が少数の地上の文化財に対して調査を行ったが、ばらばらな状態にとどまっていたにすぎず、規模を形成するに至っていなかった。

  新中国の成立以後、国内の学者はチベットの文化財について計画的な調査を始めた。

  1959年にチベットは文化財管理機構を設置した。1965年にはチベット自治区文化財管理委員会が発足した。  

  60年代の初期、チベットの文化財保護担当者はそれぞれ各地に赴き、紛失した文化財を数万点収集し、その中には、世界でもまれに見る貝葉経、チベット絵画芸術の貴重な宝物としてのタンカやいろいろな民族宗教器具などがある。貝葉経に対する調査作業はとりわけ人々の注目を集めている。

  貝葉経は多羅樹の葉にサンスクリットで書かれた経文で、インドに源を発し、保存が難しいため、現存の貝葉経はきわめて少ない。チベットの特殊な自然環境のおかげで、今でも多くの貝葉経が保存されており、非常に貴重な文化財である。貝葉経の収集、整理、研究の作業は、仏教と古代の南アジア地域を研究する上で重要な意義を持っている。調査の過程で発見された文化財にはまた元?明朝いらいの歴代中央政府がチベットの地方の官吏を勅封した際の称号、詔、印鑑、金冊、横額および清の康煕、乾隆帝がラサなどに建立した石碑、乾隆帝が下賜したダライラマの転生霊童の確認手段としての金瓶抽籤のくじや金瓶、歴代のチベット地方政権と地方の首領が中央に呈した上奏文、文書、書簡などがある。これらの文化財は反論の余地がない形で、チベットが中国の固有の領土であり、中国の中央政府が昔からずっとチベット地方で主権を行使していたことを物語っている。

  60年代の初めから、文化財管理部門はさらにチベット自治区全域の遺跡、古代建築、古墳、古代石碑、断崖の彫刻などの調査を始め、全自治区の保護すべき重点文化財を基本的に確定した。現在、チベット自治区の国家重点保護文化財にはチョカン寺、ポタラ宮、ガンデン寺、サキャ寺、タシルンポ寺、チャンチュ寺、チベット王墓、古代ゲル王国遺跡、レプン寺、セラ寺、カブリンカ、チャポリ寺、ギャンズェ?ゾンサンがイギリスの侵略軍と闘った時の遺跡など13カ所があり、そのほか、自治区の保護文化財11カ所がある。国は毎年これらの文化財の保護と修繕のために多額の資金と稀有で貴重な材料を投入している。1988年、国務院は正式に国内外に知られているポタラ宮の全面的修復を認可し、李鉄映国務委員が補修工事グループのトップとなり、計画工費は3500万元(約402ドル)とし、1992年になってさらに5300万元(約609万ドル)を追加した。この世界じゅうの注目を集めた補修工事の費用の多いことは、中国の古代建築物補修工事史上の新記録をつくった。1994年8月、ポタラ宮の補修工事は成功裏に完了した。

  80年代末までに、チベット自治区の考古学に従事する人々は区全域で石器出土地5カ所、細石器出土地30余カ所、新石器出土地と遺跡20余カ所を発見した。そのほか、ロカ、ナッチュ、ラサなどでトバン(吐蕃)期の古墳20余カ所(墓は約2000)を発見した。  

  1978年から1979年にかけて、チベット自治区の文化財管理委員会はチャムドのカロ新石器時代の遺跡を発掘した。4、5千年以前のものと見られるこのカロ遺跡では、大量の実物が発見され、その文化の特徴ははっきりしており、国内外の学界に高度に重視され、チベット自治区の原始文化を研究する面で画期的な意義があると見られており、チベット高原の考古学的発掘の面では明るい展望があるとされている。1984年に、考古学者たちはさらにラサ北部のチュゴン付近で新石器時代の遺跡を見つけた。発掘が立証しているように、それはチャムドのカロ遺跡の発見に続いて、今一つの重要な新石器時代の遺跡で、重要な研究の価値を持っている。