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マスカットでの北京五輪聖火リレー終わる
2008/04/15

 

 北京オリンピックの聖火リレーは14日、海外リレーの9番目となるオマーンの首都マスカットで行われ、地元の市民数万人が暑い日差しの下で、中東湾岸地区を初めて訪れたオリンピック聖火を歓迎した。聖火リレーは初めから終わりまでスムーズに行われた。

 リレー活動は現地時間午後5時前後に始まり、スタート式は古代の帆船を模した「ソハル号」が陳列されたホテル、アルブスタン・パレスのロータリーで行われた。1200年前、アラビアの航海家が「ソハル号」を操縦し苦労しながら中国広州にたどりついた。この木造船「ソハル号」は聖火リレーを控えて、かつての「ソハル号」を模倣し、オマーンのカブース国王の命令で建造された。したがって、五輪聖火が両国人民の友情の証人である「ソハル号」の傍らで始まるのには、特別の意義がある。

 第一走者を務めるカブース国王の顧問シハブ・ビン・タレク氏が厳かな雰囲気の下、聖火を高くかざしてゆっくり走り始めると、見物の人々から拍手と歓声があがった。

 出発に先立って同顧問は新華社記者に、こう語った。「オマーンの選手が今回の五輪聖火リレーに参加できることを非常に喜び、それ以上に、マスカットが中東で唯一の聖火リレー都市になれたことを誇りに思う。オリンピックは全世界人民共通の祝日であり、異なる民族の交流を促すだろう。五輪精神は全世界の人民の友好、平和についての価値観を統一し、異なる民族間の距離を縮めることができる」

 スタートから20分後、聖火はマスカットの旧市街に着いた。旧市街は同市の東部にあり、山を背に海に臨んでいる。山と海が互いに引き立て合い、景色のよいところだ。聖火が旧市街を通り抜ける時、100人余りの少女がアラブの伝統的衣装に身を包み、色とりどりの旗を振って、通りの両側で歓声をあげて出迎えた。

 午後5時50分、日が西に落ち、次第に暗くなる中、燃え盛る聖火は、中世の城門である有名なマスカット門を通過した。その後約1㌔西に向かい、一つの峠を越えて、マトラ・スーク(市場)に着いた。スークは千年の歴史をもち、現在なお古い姿を残して、濃いアラブの雰囲気を漂わせている。聖火運営チームは近くの海辺で小休止した。

 午後6時40分、マスカットは夜陰に包まれ、再びリレーが始まった。北京五輪聖火リレーが夜間行われたのは初めて。一年中炎熱のマスカットは夜が最も賑やかで、通りは多くの人出でごった返す。情熱的なアラブの青年が白い長衣姿に、サンダルで一緒に走るさまは壮観だった。沿道では、一群の華人・華僑、アラブ人と地元在住のインド人が長い横断幕を広げた。それには北京オリンピックのスローガンである「一つの世界、一つの夢」と書かれていた。一部の現地人はリレーチームに向かって親指を立て、「グッドラック、チャイナ」を繰り返していた。

 完全なリレーに、北京五輪組織委聖火リレーセンターの曲螢璞スポークスマンは満足げだった。「地元組織委の運営は出色だ。暑い天気だったが、われわれリレーチームは現地の風俗・習慣を尊重し、男女共に長袖を着、長ズボンをはいた。これは相互尊重の五輪精神を体現したものだ」

 午後8時30分、80人のランナーによる、3時間半、約20㌔に及ぶリレーを経て、最後の聖火ランナーが祝賀式典の会場に入った。ランナーには女子12人と中国人8人が含まれている。

 祝賀会場では、リレーの成功を祝う美しい花火が打ち上げられた。聖火運営チーム総指揮者の劉敬民北京五輪組織委執行副主席は「中国アラブの交流・往来の歴史は遠い昔に遡る。早くも紀元8世紀、『海の絹の道』と『海の香料の道』が両国人民を一つに結びつけていた。この古代船(「ソハル号」)は古代中国とオマーン間の商取引を促進するだけでなく、両国の伝統的友誼の象徴にもなった」と述べた。

 さらに「われわれは、今回のオリンピック聖火の『調和の旅』が、両国人民の友情の新たな証人になるよう心から希望している」と述べた。

 北京五輪聖火は現地時間15日、次のリレー都市、イスタンブールに向かう。16日、ここで海外での10番目の聖火リレーが行われる。

 (マスカット4月14日発新華社)

 

 

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