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福島県中国人殉難烈士慰霊碑保存会設立10周年記念行事における程永華大使のあいさつ
2015/07/17

    来賓の皆様、友人の皆様

    福島県中国人殉難烈士慰霊碑落成45周年、および慰霊碑保存会設立10周年にあたり、駐日中国大使館を代表しまして、あの戦争で迫害を受けて亡くなった中国人労働者に対し、深い哀悼の意を表し、慰霊碑の設立と保存のために苦労されて努力を払ってきた福島県日中友好協会、福島県中国人殉難烈士慰霊碑保存会などの友好団体や関係者の方々に対し、衷心より敬意と感謝を申し上げます。

    労働者の強制連行は、日本軍国主義が中国侵略戦争の間に、中国人民に対して犯した重大な罪の一つであります。記録によりますと、当時、3万8935人もの中国人労働者が強制的に日本各地に連れ去られ、極めて厳しい労役に従事させられ、耐え難い非人道的な待遇を受け、6380人が酷使され迫害されて亡くなりました。そのうち、およそ1000人が福島県沼倉、宮下水力発電所の建設現場で過酷な体力労働に従事させられ、25人が迫害に耐えず、貴重な命を失いました。長期にわたり、日本国内の平和友好の力、関係する地方自治体と市民および広範な在日中国人が、侵略戦争に対する反省と中日両国の子々孫々にわたる友好への願いに立って、犠牲となった中国人労働者の遺骨を自発的に収集し、中国に送り返し、関連の歴史資料を整理し、犠牲者のために慰霊碑を建て、慰霊行事を行ってきました。1971年に中国人殉難烈士慰霊碑が竣工されて以来、福島県日中友好協会は毎年ここで慰霊追悼式を行うとともに、慰霊碑保存会を設立し、実際な行動をもって過去の歴史を直視し、また後世の人々に警鐘をならし、中日友好と永遠の不再戦を訴えるために、たゆまぬ努力を続けてきました。われわれはこれを高く評価します。

    強制連行の被害者の悲惨な境遇は、近代以降日本軍国主義が侵略戦争を起こし、中国などのアジア諸国の人民に大きな災難をもたらしてきた歴史の一つの縮図であります。今日戦争の硝煙はすでに消え去りましたが、歴史は依然として反論のできない声を発信し、世界の人々に警鐘を鳴らしています。「前事を忘れざるは後事の師なり」といいますが、日本軍国主義による侵略の歴史に正しく対応し、それを深く反省することは、日本が戦後国際社会に復帰し、アジア隣国との友好関係を再構築させ、発展させるための重要な前提と基礎であります。今年は第二次世界大戦終戦70周年であります。この重要な歴史的な節目に当たり、われわれは、日本が侵略を深く反省し、痛ましい歴史的な教訓を真剣に汲み取り、真の誠意を持って被害者の心を癒し、アジア各国の国民と国際社会と共に、平和発展の道を歩むよう希望しております。

    中国側の歴史問題における立場は一貫して明確なものであります。われわれが歴史の銘記を強調することは、憎しみを持ち続けることのではなく、「歴史を鑑とし、未来に向かう」という精神をもって、中日関係の長期にわたる安定した健全な発展を推進しようとすることであります。と同時に、中国は終始して侵略戦争の指揮者と一般兵士を区別し、軍国主義者と広範な日本国民を区別することを主張し、われわれはあの戦争の責任を日本国民に負わせようとしたことはありません。中日国交正常化の際に周恩来総理が指摘したように、日本軍国主義が起こした侵略戦争は中国人民に大きな災難をもたらし、日本国民も大きな被害を受けました。

     「日本が敗戦して降伏した後、中国に何百万もの居留民と捕虜を残し、特に中国東北各地に散らばった日本人居留民は困窮と流浪の苦しみをなめ、何万もの日本人が苦難の中で亡くなりました。中国人民は国内に残った日本人居留民と捕虜に対し、海のような寛容さで接し、極めて困難な条件の下で、巨大な人的、物的、財的な力を出し、寛大な人道主義の精神をもって彼らを送還して帰国させました。記録によりますと、1946年5月から同じ年の末までのわずか半年余りの間で、中国は遼寧の葫蘆島港から合計101万7000人の日本人居留民と捕虜を送還し、人類史上まれにみる偉大な事業をなしとげました。

    撫順戦犯管理所は中国人民の大きな度量のもう一つの現れであります。中国政府は1950年から撫順戦犯管理所にソ連から引き渡された、平和を破壊する罪、戦争の罪、人道に反する罪を犯した日本人戦犯を収容し、「その罪を憎んでその人を憎まず、罪を罰して人を救う」という方針に基づいて改造を行いました。中国政府は戦犯に人道主義の待遇を与え、善良さと真理をもって彼らを感化させ、教育しました。日本人戦犯は正義と良識の審判と洗礼を受け、心の奥底から自らの戦争犯罪を反省し、侵略戦争と人類の平和事業に対する新たな認識を築き、そして自分は改造を受けて「悪魔」から人間になったと語り、撫順戦犯管理所を「再生の地」と呼びました。当時、福島県中国人殉難烈士慰霊碑の設立を提唱した大槻市郎先生は、この奇跡の経験者でありました。大槻先生をはじめ、撫順戦犯管理所から帰国したたくさんの旧日本軍の戦犯が、長期にわたって中日民間友好に積極的に参加して、それを支援し、日本国内の誤った歴史観の是正と批判に努力し、反戦と平和の理念を積極的に広げています。その信念と勇気は代々語り伝えられていくべきであります。

    今年、中国政府は一連の70周年の記念行事を行います。その目的として歴史を銘記し、烈士をしのび、平和を大切にし、未来を切り開くことであります。これらの行事は特定の国を標的にしたものではなく、今日の日本を標的にしたものではなく、まして日本国民を標的にしたものではありません。本日、われわれはここで慰霊碑保存会設立10周年記念式典を行い、これは中国国内で行われる70周年記念行事と同じ趣旨を共有しています。これらの行事は、両国国民が教訓を銘記し、平和を祈願する共通した心を反映しています。と同時に指摘しなければいけないのは、戦争が終わって70年たっても、日本国内で侵略戦争の責任を認めず、過去を真剣に反省せず、歴史の重荷を下ろせようとしない一部の勢力がまだ存在しています。われわれは、日本が戦後70周年を契機とし、しかるべき政治的、道義的な責任を負い、労働者強制連行をはじめ、関連の歴史遺留問題に真剣に対応して、またそれを適切に処理し、実際な行動で戦争被害国と歴史的な和解を実現させようとする誠意を示すよう期待しております。

    この場をお借りしまして、東日本大震災の被災者にあらためて衷心よりお見舞いの意を申し上げ、そして福島県各界の方々が在日中国人、留学生と研修生の危険脱出のために提供してくださった私心のない援助に対し、衷心より感謝を申し上げます。中国政府と人民は皆様の苦難を共感しています。2011年、当時の温家宝総理が第4回中日韓首脳会議に出席する前に、福島に訪れて被災者を見舞い、中国人民の関心、同情と支援の気持ちを伝えました。中日両国人民は自然災害を前にお互いのことを見守って助け合い、感動的な美談をたくさん残しました。今後、中国は引き続き災害復旧などの面で日本と協力を展開したいと思います。福島が一日も早く復興が実現するよう祈っております。

    最後に、中日両国の平和友好団体と関係者が長期にわたり、強制連行など中日間の歴史遺留問題を解決するために積極的に努力されたことに対し、あらためて感謝を申し上げ、福島県中国人殉難烈士慰霊碑保存会が今後も、歴史を銘記し、平和を大切にし、友好を促進するために引き続き積極的な役割を果たされるよう、心から期待しております。

    ご清聴、どうもありがとうございました。

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