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程永華駐日大使の「九州中日友好交流大会」での講演
(2013年9月5日)
2013/09/06
 

   きょう、福岡での中日友好交流大会に出席し、新旧の多くの友人と一堂に会する機会を得たことを非常にうれしく思っています。九州地方は中国との友好往来の面で長い歴史があります。早くも2200年余り前に徐福が日本に渡った伝説は中国ではよく知られ、佐賀に上陸して日本の地を踏んだと言われています。福岡は古くは「博多大津」と称され、古くから日本のアジア大陸に向けて開放された重要な窓口でした。日本の最古の稲作技術は紀元前約4世紀に中国から福岡に最も早く伝わったと言われています。1784年、福岡に近い志賀島で中国漢の光武帝が西暦57年に賜った「漢倭奴国王」の金印が出土し、古代の両国の友好交流の歴史が裏付けられました。6世紀末から9世紀末にかけ日本は遣隋使、遣唐使を10回余り派遣し、留学僧は九州から出発して国を離れ、また九州に戻ってきました。鑑真は大変な苦労をして鹿児島の秋目浦に着き、上陸しました。九州出身の宮崎滔天や梅屋庄吉など多くの人たちが孫文の革命事業を大いに支援しました。新中国誕生後、九州地方の各界の人々が国交正常化前から中国とのさまざまな交流を進めていました。1983年、胡耀邦総書記が日本を訪問した際、福岡と長崎にそれぞれ中国総領事館を開設すると発表し、九州に対する中国人民の友好と重視を十分示しました。しかし、最近私は九州出身の政治家が「1500年間、日中関係は順調でなかった」と発言し、非常に驚きました。その政治家が自らの故郷と中国との友好往来の歴史をよく知ることを心から希望します。

   友人の皆さん

   昨年は中日国交正常化40周年で、今年は中日平和友好条約締結35周年です。中日関係はこの40年余りの発展で、前例のない非常に大きな成果を収めました。政治面では両国は四つの政治文書に調印し、発表して、戦略的互恵関係を発展させる大きな方向を定めました。経済面では二国間の貿易額が3400億㌦に達し、国交正常化当時の300倍余りになりました。両国の文化交流は盛んに発展しています。2日前、東京国立博物館の館長は、同館が主催する「中国王朝の至宝展」が九州国立博物館で開催されており、多くの人から喜ばれていると語っていました。人の行き来は国交正常化当時の500倍に達しました。同時にわれわれは、この40年間の中日関係の成果は顕著なものの、発展のプロセスは決して順風満帆というわけではなく、起伏があり、厳しい挑戦(試練)に遭遇したことも見て取る必要があります。中日関係が困難を乗り越え、障害を排除し、課題を解決する中で前進、発展できたのは、両国の前の世代の政治家の先を見抜く見識や大局に立って下した政治的決断と切り離すことができないし、両国各界の友好的な人々の奔走、呼びかけ、積極的働きかけと切り離すことができません。長年、中日関係を支持し、関心を払い、そのために重要な貢献をした九州地方各界の友好的人々に対し、ここで謹んで崇高な敬意と心からの感謝を表明したいと思います。

   現在、中日関係は再び厳しい局面に直面しています。一年前、日本政府の釣魚島「国有化」行為が中日関係に深刻な打撃をもたらし、両国の各分野の交流・協力がほとんど停止し、両国民の友好的感情が大きく落ち込みました。現在のこうした局面を招いた責任は中国側にはないと言うべきで、中国側はこうした局面を願っていません。

   同時にわれわれはまた中日関係にこの数年見られる矛盾多発の状況に留意しています。私は、これは主に両国の国力の変化によるものと考えています。中日関係の歴史を振り返ると、古代、中国はずっと日本より強く、日本は中国の文化、制度を学び、吸収することで発展を実現しました。近代になり、日本は明治維新後、西側列強に急速に接近し、軍国主義の対外侵略の道を歩み、周辺各国に非常に大きな損害を与えました。中国は清代末期、次第に貧しく弱くなり、列強の侵入を絶えず受けていました。戦後、日本は復興、発展を迅速に実現し、中国も改革・開放のこの30年余り、ずっと追い続けていました。この数年、中国は国力が急速に高まり、GDPが2010年に日本を追い抜きました。今後一定期間、中国はさらに発展を続け、予見可能な将来に「二つの百年の目標」を実現するでしょう。「百年の目標」の一つは2020年にGDPと都市農村住民の1人当たり所得を2010年の2倍にし、小康(わりあいゆとりのある)社会を全面的に完成させることであり、もう一つは今世紀半ばに富強、民主、文明、調和の社会主義近代国家を築くことです。つまり中日の国力対比状況がこれまでの長い期間の「一強一弱」から「二強並存」へと変わりつつあります。こうした時期に両国関係をどのようにうまく処理するかをわれわれは真剣に考える必要があります。

   私は先ごろ、帰国し休暇をとり、北京のほか、新疆とチベットを訪れました。どこでも指導幹部は無論、末端の人々も中日関係に非常に関心があり、私に多くの質問をしました。これは単に両国関係が現在、緊張状態にあるからだけではなく、中日が互いに重要な隣国であり、中日関係は双方にとって最も重要な二国間関係の一つであるためだと考えています。中日は世界の主要な経済体(エコノミー)であり、重要な影響力のある国で、相互関係の安定は地域ひいては世界の平和、安定、発展に直接かかわるものです。

   私が強調したい点は、中国は一貫して中日関係を非常に重視し、中日友好政策を堅持していることです。中日関係の発展を重視する中国の新しい中央指導集団の姿勢は変わっていません。今年に入り、中国の指導者は日本の代表団と会見した際、何度も中日関係に言及しています。習近平総書記は今年初め、訪中した公明党の山口那津男代表と会見した際、次のように強調しました。中日の四つの政治文書は両国関係が困難を乗り越えて前進し、発展するための「バラスト」である。中国は引き続き四つの政治文書を踏まえ、「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」精神で、中日の戦略的互恵関係を絶えず発展させることを願っている。兪正声人民政治協商会議(政協)全国委主席は訪中した横路孝弘元衆院議長と会見した際、次のように述べました。中日関係の長期的かつ健全で安定した発展の維持は両国と両国人民の根本的利益にかなうものである。中国は中日関係の発展を重視しており、中日の四つの政治文書の原則を踏まえ、両国の政党、議会、民間の交流を続け、中日の戦略的互恵関係を進めることを願っている。これらは中国の指導者が対日関係について発信した明確なシグナルです。

   友人の皆さん

   現在、中日関係を改善するには、二つの最近の問題と一つの中長期的問題をしっかり処理する必要があると考えています。二つの最近の問題は釣魚島と歴史の問題で、中長期的問題は相互信頼の問題です。

   釣魚島問題は長い歴史があり、中日双方にそれぞれ主張があります。1972年に中日国交正常化が実現した際、周恩来総理と田中角栄首相は釣魚島問題について「そのまま置いておき、後の解決を待つ」ことで共通認識(コンセンサス)に達しました。1978年、中日平和友好条約締結の際、双方は、釣魚島問題は「係争を棚上げし、そのままにして後の解決を待つ」ことで暗黙の了解に達しました。鄧小平氏は当時、次のようにはっきりと言っています。「国交正常化を実現した際、双方はこの問題に触れないことを決めた。今回の中日平和友好条約の話し合いでも、われわれ双方は触れなかった。われわれは、話がつかないなら、避けることが比較的賢明と考えたのです。われわれの世代は知恵が足りず、この問題は話がつかず、次の世代はわれわれより聡明なはずで、みなが受け入られる良い方法を見つけ出し、この問題を解決できるだろう」。言うまでもなく、両国の前の世代の指導者が当時、高い戦略的見通しと政治的知恵で釣魚島問題を適切に処理しなければ、その後の中日関係の非常に大きな発展はなかったでしょう。前の世代の指導者の重要な共通認識はこの40年間、両国関係が障害を排除し、絶えず発展するための重要な保障でした。遺憾なことに昨年、日本の「島購入」措置でこの了解と共通認識は完全に損なわれ、中国は当然、相応の措置をとり、国の領土主権を守っています。日本国内には中国が「実力行使によって釣魚島問題の現状を変えようとしている」と非難する向きがありますが、それは根本的に成り立たないもので、事実にも合致していません。中国の公船が釣魚島海域に行くのは通常のパトロールと法執行活動を遂行するためです。

   「まいた種は刈らなければならない」と言います。われわれは日本が歴史と現実を直視し、口先だけでなく、確実に行動をとり、中国側と同じ方向に進み、対話と協議を通じ、釣魚島問題を適切にコントロールし、解決する方法を見つけ出し、中日関係を再び健全に発展する軌道に戻すことを希望しています。

   最近、日本国内に歴史問題について絶えず後ろ向きの動きがみられ、懸念されます。今年の「春季例大祭」と8月15日に多くの閣僚と非常に多くの政治家が靖国神社を参拝しました。毎年8月15日に日本の指導者がいつも言及する「アジアの被害国に対する反省と謝罪」と「不戦の誓い」が今年は見られず、一部政治家は「村山談話」を見直すとし、さらには「侵略」の定義に疑問を呈し、また政府要人が迷彩服を着て戦車に乗り、「731」と表示された戦闘機に乗って見せました。こうした言動は当然、被害国人民のつらい記憶を呼び起こすもので、故意の挑発行為であり、日本は言っていることとやっていることが完全に異なっていると感じさせるものです。これらは中韓などアジアの被害国の強い反感を招いているだけでなく、国際社会の高い関心を呼んでいます。

   歴史問題は中日関係の基盤にかかわるもので、日本軍国主義の対外侵略、拡張、植民地支配の歴史に対し、国際社会には結論と共通認識があり、それに挑戦したり、動かそうとしたりすれば、まず日本自身の信用と国益を損ない、さらに日本と国際社会、特にアジアの隣国との相互信頼の友好関係の発展にマイナスとなります。中国政府は「歴史を鏡とし、未来に目を向ける」ことを一貫して主張しています。歴史を正しく認識し、扱い、その中から深い教訓をくみ取ってはじめて、真に過去に決別し、素晴らしい未来を築くことができるのです。

   中日関係の長期的かつ健全で安定した発展を確保する重要な基盤は政治・安全保障面の「相互信頼」の確立にあります。現在、両国の政治・安全保障面の相互信頼が重大に失われており、それには歴史的、地政学的要因だけでなく、現実的利益の摩擦もありますが、中核はやはり、互いの発展をどのように認識し、扱うかという問題にあります。日本の指導者は、中国の発展は日本にとってチャンスであると何度も表明しており、われわれはこれを評価し、歓迎しています。中国は改革・開放の30年余り、日本の先進的経験と技術を学び、参考にし、資金を導入しており、日本も中国の発展から実益を得ています。同時にわれわれは日本が引き続き平和的発展の道を堅持することを希望しています。それは日本の持続的繁栄・発展は中国にとっても同様にチャンスだからです。

   私は駐日大使として日本で仕事をするようになってこの3年余り、それとは相反する多くの声をいつも聞いたり、見たりします。日本国内では中国の発展、特に軍事力の向上に対するさまざまな疑念が高まり、少数の人と一部メディアは依然、冷戦当時のゼロサム思考から抜け出せず、「中国脅威論」の宣伝に躍起で、「中国包囲網」を騒ぎたて、中国を「規制」、「けん制」しています。最近発表された「防衛白書」は中国の国防政策と軍事活動に対し、さまざまないわれのない非難を行い、一部勢力は南西諸島の軍事配備増強に躍起で、「中国に対するもの」と明確に言っています。こうしたことは健全な声ではなく、日本の人々を誤った方向に導き、両国の「相互信頼」を損なうものであると考えます。

   この数年、中国の持続的発展が必然的に日本国民の心にさまざまな影響を与えたことは否めません。2008年の毒入りギョーザ事件から日本の一部世論は大騒ぎをし始め、多くの国民が中国に対し不信感を抱くようになり、中日関係の位置付けや中日がいったい「ライバルなのか、パートナーなのか」といった問題で内心、大きな疑念を抱いている人が少なくありません。実際のところ、中日の4番目の政治文書はそれについて中日両国は「互いに協力パートナーであり、互いに脅威とはならない」、「相手方の平和的発展を互いに支持すると明確にしています。現在の状況をみると、こうした重要な政治的共通認識が両国の社会の幅広い共通認識になっておらず、この面で最大限努力し、中日の間に政治・安全保障面の真の相互信頼の橋を架ける必要があります。

   友人の皆さん

   今年は中日平和友好条約締結35周年です。私は日本の地方を訪問するたびに、中国に対する友好と中日関係の問題で、いつも東京と違う雰囲気を感じます。きょう、九州地方の22の民間友好団体が一堂に会し、どのようにして困難を乗り越え、関係を改善するかを討議することも、この点をよく示しています。九州の各界はまた「日中友好は九州から」と呼びかけており、これによって私は中日関係の将来に対して非常に自信を持ちました。中日関係の長期的かつ健全な安定した発展は両国と両国人民の根本的利益に合致し、また国際社会の普遍的期待でもあることを私は確信しています。ある機関の最近の調査で、両国民のお互いに対する好感度は10%以下まで落ち込みましたが、同時に70%以上の人が両国関係は非常に重要と考えています。従って、私は両国の大多数の人が国の戦略的、長期的、根本的利益から問題を考え、中日の子々孫々にわたる友好に力を尽くしたいと願っていると信じています。戦略的見地と長期的角度から両国関係発展の正しい方向をしっかりつかみ、四つの政治文書の原則と双方のこれまでの共通認識に従って関連の問題を適切に処理し、未来に目を向け、大局を守り、戦略的互恵協力を確固として推進するなら、必ず中日関係の健全かつ安定した発展をはかることができ、必ず中日友好事業を前進させることができるでしょう。

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