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中国の主権を示す証拠を展示 北京で「釣魚島主権証拠・国宝大展」
2012/10/08
 

   釣魚島が中国固有の領土だという証拠で、民間に1冊だけ残された政府の公式文献「台海使槎録・8巻」(4冊1組)と「記事珠・冊封琉球国記略」が、北京保利芸術博物館で開催された「釣魚島主権鉄証・国宝大展」で一般に公開された。

   2冊の文献を発見した古籍収集家の彭令さんは8日北京で、2冊の古籍は、文化財と文献としての二面性を持ち、釣魚島は古来、中国固有の領土だったことを確実に示していると語った。

   「台海使槎録」は乾隆元年(西暦1736年)の初版本で、専門家による研究の結果、彭令さんが所有しているのは、清代最初の巡台御史だった黄叔ケイ(王の右に敬)が記したことがわかった。おそらく民間では1冊しか残されておらず、290年前に釣魚島は中国が管轄していた証拠で、清朝の役人が巡海船で釣魚島に上陸して調査したことを記している。

   9月25日、中国政府は「釣魚島は中国固有の領土である」という白書を配布し、「釣魚島は中国固有の領土であり」、「中国は釣魚島に対して長期的な管轄を行ってきた」ことを強調した。また「清代の『台海使槎録』や『台湾府志』などの公式文書は釣魚島の管轄状況を詳細に記録していた」と強調した。

   「台海使槎録」は清代の監察御史だった黄叔ケイが、台湾を視察したあと、1722年に記したもので、そのなかに「山後大洋、北有山名釣魚台(すなわち釣魚島)、可泊大船十余、祟爻之薛坡蘭、可進サン(艇のつくりを山に)板」と記されている。

   専門家は次のように述べた。文中の「祟爻」は山が高くそびえていることを形容し、「薛坡蘭」は釣魚島に付随する南小島や北小島などを指し、「籌海図編」の橄欖山を指している。このことは、清代の巡視員が1722年以前に釣魚列島を実地調査し、港を建設して船を停泊させていたことを示す証拠である。またこの本は、清朝の水師営が釣魚島海域を巡行したときの状況についても詳しく記述している。

   また展示会では、清の嘉慶年間の墨書き本「記事珠・冊封琉球国記略」も展示されている。沈復が記した「浮生六記・巻五」の「海国記」に、沈復らは清朝嘉慶13年(西暦1808年)5月13日の辰の刻に釣魚台(現在の釣魚島)を眺めたと記録している。このことは、釣魚島は当時、中国の領域内で、琉球国の境まであと1日の距離にあったことを示している。専門家は釣魚島と付属する島々は中国固有の領土であることの証拠だと考えている。

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