| 角田参議院副議長、抗日戦争記念館を参観 |
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| 2005/11/18 |
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中国訪問中の角田義一参議院副議長は16日午前9時過ぎ、中国人民抗日戦争記念館を訪れた。角田氏は「焼殺後の潘家峪」と題した写真の前で、「戦争とはなんと悲惨で、なんと無情で、なんと残酷なものだろう」とため息をもらした。 角田氏一行は、王雲竜全人代常務委員会副秘書長・中日友好小組主席の案内で、同記念館を訪れたもの。記念館ホールに入った一行はまず「血肉長城」と題した大型彫像群の前で深々と頭を下げ、花輪を捧げた。 斉密雲抗戦記念館副館長の説明によると、角田義一氏は今年7月、新館が外国人に開放されてから訪れた最高位の日本の要人である。 角田義一氏と随行する参院議員一行は、中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利60周年を祝賀して開催された抗戦をテーマとする大型展覧会を参観した。多くの写真、多くの貴重な実物が、角田氏を60年前の情景の中に引き戻した。角田氏は説明に聞き入り、しきりにうなずき、時には細かいな状況について質問した。 「七・七」盧溝橋事変を記録した写真の前で、角田氏は王雲竜氏に小声で、「私はこの年に生まれたのです」と語った。毛沢東が窯洞(ヤオトン 洞穴)の中で「持久戦論」を書いている写真を見た時、角田氏は真剣な面持ちで、説明員に「これは延安ですか」と尋ねた。 日本軍の暴挙の模様が描かれた展示に、角田氏と代表団一行は最も大きな衝撃を受けた。南京大虐殺、重慶隧道大爆破、日本軍の細菌戦、「三光」政策、日本へ連行された中国人・・・・写真に示された日本軍の暴虐行為に誰もがため息をついた。「実に心が痛む、女性と子供が最大の被害者だ。何があっても戦争は二度と起こしてはならない」と白髪の角田氏は語った。 かつて重慶で仕事をしていた王雲竜氏は「重慶にはいまでもあの隧道大爆破の生存者が健在です。彼らはあの時の事を思い出すといまでも非常に悲しみ、憤ります。中国人民はかつて日本軍国主義のもたらした大きな災難にさらされました。このことからも小泉首相の靖国神社参拝を非常に不満に思うことは容易に理解できます。歴史を改ざんすることはできません」と述べた。 日本人民反戦同盟の写真の前では、説明を聞く前に、角田氏は写真の中のリーダーで反戦家の野坂参三氏の名を読み上げ、安堵の表情を示した。角田氏は「私の父は反戦家だったため、当時の日本政府に投獄され、3年の獄中生活を送りました」と述べた。 1960年、角田氏の父で群馬県日中友好協会会長の儀平治氏は、代表団を率いて訪中し、中国人民世界平和擁護委員会天津分会との共同声明に調印した。これが中日両国人民の地方友好交流の先駆けとなった。 角田氏は「日中両国の友情は先輩のたゆまぬ努力によって一歩一歩築かれてきたものだ。苦労して得られたもので、大切に守らなければならない」と述べた。昨日、角田氏は天津を訪れ、父の旧友でかつて中国人民世界平和擁護委員会天津分会副主席だった羅雲氏を訪ねた。 小泉首相の靖国神社参拝について、角田氏は「小泉首相は5回にわたって靖国神社を参拝し、中国、韓国などの国民の感情を大きく傷つけた。小泉首相がこの点を一層認識し、適切な解決方法を見いだすよう希望する」と語った。 さらに「今回、民主党、自民党、公明党議員の代表を率いて訪中したのは、中国全人代と日本の参議院の交流制度を確立するためである。議員の一人として、新世紀の日中友好に微力を尽くしたい」と語った。 参観終了時に、角田氏は「日中友好は不滅である」と揮毫した。そして「どんな困難があろうとも、日中両国は子々孫々友好を続けなければならない」と語った。 (北京11月16日発新華社)
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