孔鉉佑大使が「ピンポン外交」50周年記念シンポジウムに出席し講演
2021/08/27

 2021年8月26日、孔鉉佑駐日大使は愛知県日中友好協会の招きに応じ、「ピンポン外交」50周年記念シンポジウムにオンラインで出席するとともに、講演を行った。林松添中国人民対外友好協会会長、劉暁軍名古屋駐在総領事および広沢一郎名古屋市副市長、近藤昭一日中友好議員連盟幹事長、岡崎温日中友好協会理事長、後藤泰之愛知県日中友好協会会長、「ピンポン外交」の経験者代表ら各界から300人余りがオンラインまたはオフラインの方式でこれに出席した。

 孔鉉佑大使は講演の中で次のように表明した。この「ピンポン外交」50周年という特別な年にあたり、「ピンポン外交」の発祥地である名古屋で折よく記念シンポジウムが開かれるのは意義深いことだ。50年前を振り返ると、第31回名古屋世界卓球選手権大会の期間中、中米選手の接触が発端となって、両国卓球チームはインタラクションを実現させ、中米両国を20年余りにわたって隔絶していた「硬い氷」を一挙に溶かし、さらにはキッシンジャー国務長官の極秘訪中、中国の国連での議席回復、ニクソン大統領の訪中、中日国交正常化など一連の重大な歴史的出来事の幕を開き、最終的に世界の戦略的枠組みと歴史の歩みを変え、「小さなボールで大きなボールを動かす」偉大な壮挙を成し遂げたのである。「ピンポン外交」は中、日、米の3カ国にとって特別な歴史的意義を持つだけでなく、現在の新しい時代の条件の下でも依然としてわれわれに重要な啓発を与えている。

 第一の啓発とは、相互尊重、求同存異〈小異を残して大同につく〉という交際の道を堅持することである。「ピンポン外交」の最大の意義は事実を用いて、政治制度、イデオロギー、歴史・文化の違いは国家間の付き合いの障壁でなく、ましてや対立・対抗の理由ではないことを証明した点にある。冷戦の時代、中日、中米はそれぞれ異なる陣営に属しており、差異と不一致は現在よりもずっと大きかった。そうであるにも関わらず、先輩の政治家と有識者は両国人民の根本的な幸福と共通の利益に着目し、卓越した政治的知恵とずばぬけた外交交渉術で、相互尊重、求同存異の精神にのっとり、不一致と差異を乗り越え、平和共存を実現したのである。50年後の今日、世界の多極化、経済のグローバル化が深く発展し、各国の相互依存はかつてないもので、さまざまのグローバルな挑戦〈試練〉が次々と現れ、われわれの世界では団結協働と協力ウィンウィンが一段と求められている。

 現在、米国の一部の政治屋はイデオロギーと価値観で線引きをし、多国間主義の旗印を掲げて「小さなグループ」を作り、我を張っていわゆる中国に対する「新冷戦」を仕掛け、歴史の針を冷戦時代に戻し、世界を再び対抗・分裂の深みに引きずり込もうとたくらんでいる。こうしたやり方は人心が得られず、必ず失敗する運命にある。国際社会は世界が再び冷戦の古い道を歩むことを許さない。中国は終始、国と国の付き合いでは冷戦思考、ゼロサムゲームの古い考えを捨て去り、災いを他国に押し付けるという了見の狭いエゴイスティックな政策を拒否し、互いの差異を尊重、包容し、対話・協議で矛盾や不一致を解消し、あくまで協力ウィンウィンの正しい道を歩まなければならないと主張してきた。われわれは日本と共に、「ピンポン外交」の精神を広く発揚し、中日は互いに協力パートナーで、互いに脅威とならないとの共通認識を実行に移し、中日関係の正しい方向をしっかりつかむことを願っている。われわれはまた、日本を含む世界の各国と共に、平和、発展、公平、正義、民主、自由という全人類共通の価値を広く発揚し、努力して人類運命共同体の構築を図っていきたい。

 第二の啓発とは、民間が先行し、民で官を促す友好的伝統を堅持することである。「ピンポン外交」は中日国交正常化実現のための重要な基礎を定めたが、これは中日の民間友好史における輝かしい一章でもある。われわれは、後藤鉀二先生に代表される民間友好人士が国内の巨大な政治的妨害や右翼勢力の脅迫・威嚇をものともせず、中日友好の揺るぎない信念と死をも恐れない非凡な勇気をもって、毅然(きぜん)として訪中の旅に踏み切り、中国卓球チームに来日して大会に出場するようラブコールを送り、「ピンポン外交」の美談の誕生に舞台を提供し、重要な貢献をしたことを忘れない。

 後藤先生は訪中から帰国後に発表した文章の中で、「7・5億の人口を擁し、領土が日本の26倍あるお隣の中華人民共和国と仲良くするのは絶対に必要なことである。今日の不正常な状態を取り除き、国交正常化をはかることは日本にとって当面の急務となる。日中両国が本当に団結すれば、アジアの平和をつくり出すことができる。私は卓球を通してこの点を実現すべく努力したい」と述べている。50年後の今日、終わったばかりの東京オリンピック大会で、中日の卓球対決は再び両国の人々が注目する焦点となった。双方の選手は試合中、全力でぶつかり、互いに譲ろうとしないライバルだが、試合が終わると互いに熟知し、尊敬し合う友人となる。彼らの姿から「ピンポン外交」の精神が半世紀にわたり受け継がれてきたことを見てとることができ、われわれはうれしく思う。これは後藤先生への最良の追慕、記念になると私は信じている。

 民間友好は中日関係における良き伝統であり、これは中日関係の発展を後押しする重要な基礎、力の源泉でもある。われわれは「ピンポン外交」の歴史的美談を記念するにあたり、両国の古い世代の友好的な人々の揺るぎない信念を学習し、友好の伝統を受け継ぎ、発揚し、人文〈人と文化〉交流を絶えず深め、民心の通じ合いを促進し、より多くの人が中日友好事業に参加して、中日友好のバトンを伝え、両国関係発展のために民意の基盤を固めるよう奨励しなければならない。

 第三の啓発とは、大勢を見て、大局を図る戦略的視野を堅持することである。「ピンポン外交」の歴史を振り返ると、日本は中米の間で重要な橋渡しの役割を果たし、中米関係の緩和および国際的な勢力構造の変化というチャンスを敏感に捉え、平和と発展という時代の大勢に順応し、大国関係と地域インタラクション〈相互作用〉を積極的に企画し、冷戦の劣悪な環境の中で自身の戦略的イニシアチブを獲得した。中日は1972年に国交正常化を回復しており、中米の国交樹立よりも7年近く早い。日本は中国の改革開放を最も早く支持した西側の国であり、中国の急速な発展からかなりの利益を手に入れた。日本は国際協調外交を推し進め、アジアの隣国との関係を重視、発展させ、自国経済の飛躍的発展を実現し、また、アジアの繁栄と振興のために積極的な貢献をした。多くの戦略専門家はこの時期における日本外交の成功経験を総括し、最も重要な点は大国の駆け引きの間で「一辺倒」を選択せず、自身の根本的利益から出発して、戦略面の自主性と柔軟性を最大限保持したことにあると述べている。

 中米が駆け引きをしている現在の世界の変局を前に、日本はどちらの道を選ぶのか。日本側の戦略的な知恵が再び試されることになる。現在、日本の国内では一部の人が米国に追随して中国を抑え込み、さらには中日関係を損なっても惜しくもないと吹聴した。こうした動向は極めて危険であり、中日関係を誤った道に引き込むだけでなく、中米間の大国の対立と地域の緊張情勢を助長することになり、最終的に日本自身の利益にも合致しない。中国は日本に対し、中米の間でどちらかに加担するよう求めたことはなく、日本が潮流の大勢を見極め、賢明な選択をし、戦略面の自主性を保ち、対中、対米関係をバランスよくうまく処理し、地域の平和と安定を守るために前向きの建設的役割を果たすことを希望する。

 孔大使は次のように表明した。私は2020年に名古屋を訪問した際、愛知県体育館にある「ピンポン外交」記念モニュメントを参観し、中部地区各界の人々が「ピンポン外交」の歴史を誇りにしていることを感じ取った。中日両国の書道家が揮毫(きごう)した「平和」、「友好」、「愛」、「夢想〈夢〉」の大きな文字は雄大で力強く、「ピンポン外交」の精神的中身を生き生きと説き明かし、また、これには両国民の中日関係に対するより良い期待が託されており、殊の外勇気づけられる。

 来年は中日国交正常化50周年にあたり、両国関係は新たな歴史の出発点を迎えることになる。双方が中日国交正常化の初心を共に振り返り、中日関係における半世紀の豊かな成果を大切にし、守り、平和、友好、協力の正しい方向をしっかりとつかみ、中日関係がより高い水準に向かって突き進むよう後押しすることを願っている。名古屋市、愛知県および中部地区の各界の友好的な人々が「ピンポン外交」50周年記念を契機として、新時代における中日民間友好の新たな一章を記すことを心から期待している。