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大平正芳元首相生誕百周年記念レセプションにおける挨拶

唐 家 璇

(2010年3月12日  東京)

 

尊敬する中曽根康弘元首相

尊敬する辻井喬会長

尊敬する大平裕先生

ご在席の皆様

    本日、深く敬愛する気持ちで皆様と共に大平正芳元首相生誕百周年を記念し、ご生前不朽の業績を残された大平先生を偲ばせていただきます。

    大平先生は世界でその名を知られた政治家であり、中国人民に親しまれた古き友人であり、私のもっとも尊敬している日本の政治家の一人でもあります。その輝かしい生涯の最後の10年間は、中日関係の再建と促進に注がれ、不滅貢献をなされました。

    先生のご逝去を知らされた鄧小平氏はじみじみと次のことを語りました。「大平先生のご逝去によって中国人民は素晴らしい友人を失った。先生の名前は中国人の記憶に刻み付けられるだろう」。この素朴な言葉は、大平先生の中日関係の歴史と、中国人の心にある存在の大きさを端的に表現したものであります。

    私は若い頃から、お近くで先生に接する機会がありました。1972年7月、私は同行通訳として、孫平化、肖向前両氏が大平外相との間で持たれた度重なる密談に居合わせました。中日国交正常化にかけた先生の執念と熱意といい、苦手な問題を捌く判断力ととっさの機転といい、分け隔てなく周りの人と気さくに接する誠実さなどに大変強く印象づけられ、のちのち自分の外交官としての人生にも大きな影響を与えました。

    その年の9月、大平外相は田中角栄首相に同行して訪中し、中日国交正常化を実現する上で、かけがえのない役割を発揮しました。藤山愛一郎先生は、明治維新以来の外相として、大平氏は実に抜群で、日中国交の樹立と日中関係の発展に関しては、負うべき責任をすべて勇敢に負ったと賞賛しました。これは極めて真っ当な評価だと思います。

    特に忘れられないのは先生の中国の改革開放と近代化建設との切っても切れないご縁であります。1979年首相として訪中された時、鄧小平氏と中国の近代化についてお話を交わされました。鄧氏はその場で初めて20世紀末までにGDPの四倍増と、人々の生活が小康レベルを目安にするという目標に言及しました。後になって、「小康の目標は大平先生の話に示唆を受けて決めたものだ。この話題になると先生のことが懐かしい」と、日本の方に会うとしばしばこの話を持ち出しました。1979年のご訪中で、大平首相は中国に対する円借款の供与と技術協力の意向を発表しました。これは門戸(もんこ)開放をしたばかりで、資金と技術を何より必要としている当時の中国にとって、大切な雪中の炭でした。あれから30年間、330億ドル相当の円借款が供与され、中国の改革開放と近代化建設に重要な役割を果たしました。このことは、中国国民が永遠に忘れることはありません。

    先生が業半ばにして倒れたことは、中日友好事業にとって計り知れない損失でありました。先生は不帰の人となられ、私たちに尽きぬ思いを残されました。ここでご報告できるのは、先生はじめ、両国の政治家と各界有識者のたゆまぬ努力により、中日関係はかつてない進展を見せ、戦略的互恵関係を共同で構築する新しい時代を迎え、両国人民にプラスになるばかりか、アジアひいては世界の平和・安定と発展にも大きく寄与していることです。中日友好の信念を両国民の間により深く浸透させ、中日関係のより素晴らしい未来を共に切り開いていく決意で持って、先生の生誕百周年を記念いたしたいと存じます。

    ご清聴、ありがとうございました。



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