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南京大虐殺72周年で平和集会30万犠牲者悼む

    12月13日午前10時、古都南京の上空に警報が鳴り響き、各界の人々が南京大虐殺記念館の集会広場で平和集会を開き、犠牲となった30万同胞を追悼した。

    江蘇省、南京市の各関係機関、各民主党派、大衆代表、同市学生代表、大虐殺生存者代表および日本、ポーランドなどからの友好人士ら約5000人が「侵華日本軍南京大虐殺30万同胞犠牲72周年追悼式・南京国際平和デー集会」に参加した。

    警報が鳴り、黙祷、献花し、3回頭を下げ、各界代表は犠牲となった同胞を深く悼んだ。

    中国人民政治協商会議(政協)江蘇省委員会の張九漢副主席は追悼式で次のように述べた。歴史を振り返り、犠牲となった同胞を追悼するのは人々に対し、警戒すること、歴史を鑑とすることを呼びかけるためである。今日の世界は平和を求め、発展をはかり、協力を促すことがすでに阻むことのできない時代の潮流となっている。一衣帯水の近隣として、アジアと世界の重要な国として、中日の子々孫々にわたる友好と互恵協力を堅持することは両国人民の根本的利益にかなうものである。

    南京市10大傑出青年の1人、韓永聯さんが南京市民を代表し、「南京平和宣言」を読み上げた。宣言は次のように述べている。国際社会の共通の挑戦(試練)と脅威に直面し、平和、発展、協力がわれわれの唯一の選択肢である。このためわれわれは次のように呼びかけ、そして誓う。歴史の深い教訓を銘記し、手を携えて現実の責任を担い、世界の永続的平和と調和をはかるため、世界各民族の共通の利益と幸福をもたらすため、人類文明の共存と進歩を勝ち取るため、たゆまず奮闘する。

    集会に参加した代表が広場にある平和の鐘を鳴らした。悠揚とした鐘の音は人々に「歴史を銘記し、過去を忘れず、平和を大切にし、未来を切り開く」ことを呼びかけているようだった。

    また同日、南京市民は普徳寺記念碑、北極閣記念碑、燕子磯記念碑、中山ふ頭記念碑などに設けられた会場でそれぞれ追悼行事を行った。

    1937年12月13日、中国侵略日本軍は南京を占領した。それから6週間のうちに南京城内の一般市民と武器を捨てた兵士30万人以上が日本軍によって惨殺され、また2万件余りの強姦事件が起き、3分の1以上の建物が壊され、財産の損失は計り知れない。古都南京は空前の惨状を呈した。    (南京12月13日発新華社)



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