トップページ > 旧版网站栏目 > 中日関係
西松建設 強制連行中国人と和解

    第2次大戦中、中国人労働者を強制連行した日本の西松建設(旧西松組)が23日、強制連行労働者と正式に和解した。西松は労働者に謝罪するとともに、記念碑を建立し、同時に2億5000万円の和解金を支払うことを約束した。

    双方は同日午前、東京簡易裁判所で正式な和解手続きをとった。和解書によると、西松は第2次大戦中に360人の中国人を強制連行した事実を認め、生存者と遺族に謝罪した。また後世の教育のため、強制労働場所の安野発電所に記念碑を建立する。このほか、西松は2億5000万円を拠出して、360人の労働者の補償、行方不明者捜し、記念碑建立の費用に充てる。

    今回の和解交渉は西松側が今年4月、強制連行労働者側に申し入れ、8人の労働者と遺族がこれに応じた。この和解に合意するほか、双方は、▽最高裁判決が西松の法的責任を否定したことについて、西松は同じ見解をとるが、労働者側はそれを認めない▽他の労働者や遺族が上記和解案の受け入れを望まない場合、上記和解はその賠償の権利を奪えない―ことを法律の形式で確認した。

    今回の和解について、強制連行中国人側は声明を発表し、和解案はわれわれがこれまで求めてきた「公の謝罪」、「記念碑(館)建立」と「損害賠償」の目標に近いものだ、われわれは進んで和解を提起した西松の勇気を肯定的に評価すると述べた。しかし同時に、今回の和解は必ずしもわれわれの思い通りでなかったところもあり、関係企業と日本政府が今回の和解を契機に、中国人強制連行問題解決のために積極的に努力し、早急にこの問題と過去の責任の全面的で適切な解決をはかるよう希望すると指摘している。

    1944年、360人の中国人が西松組によって広島安野発電所の工事現場に強制連行され、日本の敗戦まで重労働に従事させられ、うち29人が虐待で死んだり、中国に帰る汽船で死んだりした。1998年、5人の労働者と遺族が西松に対し賠償を求める訴えを広島地裁に起こした。

    広島地裁は2002年7月1審判決を下し、西松が法的責任を負わなければならないことは認めたが、20年の時効が過ぎていることを理由に、原告の訴えを棄却した。04年7月、広島高裁は原告勝訴の2審判決を言い渡した。しかし最高裁は07年4月原告敗訴の終審判決を下した。ただ同時に、被害者は大きな精神的肉体的苦しみを受け、西松は中国人強制労働によって相応の利益を得ており、西松を含む関係者が「被害の救済に向けた努力をすることが期待される」とした。原告側はこの後ずっと、西松に問題解決の措置をとるよう求めていた。

(東京10月23日発新華社)



[Suggest To A Friend]
       [Print]