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北京で平和友好条約30周年レセプション
2008/10/24

    中日平和友好条約締結30周年の記念レセプションが24日、人民大会堂金色ホールで催され、胡錦涛国家主席と日本の麻生太郎首相が出席してあいさつした。

    10月の北京は、秋たけなわ。人民大会堂金色ホールは煌々と輝いていた。午後零時15分、胡錦涛氏は麻生太郎氏と一緒に金色ホールの南過庁(通り抜けの部屋)で、レセプションに出席する中日双方の主な賓客と記念撮影をした。その後、両首脳が金色ホールに入ると、出席者全員が起立し、盛んな拍手によって歓迎の意を表した。

    胡錦涛主席はあいさつで、次のように指摘した。30年前、鄧小平同志と福田赳夫先生ら両国の古い世代の政治家が時勢をよく判断し、大所高所に立って、戦略的決断をしたことにより、両国は中日平和友好条約を締結した。これは1972年に両国政府が調印し、中日国交正常化を実現した中日共同声明に続く、両国関係発展のプロセスでのもう一つの重要な歴史的文書である。中日平和友好条約は中国と日本という一衣帯水の隣国のために初めて法律の形式で、平和共存、代々友好の大方向を確立し、中日共同声明でうたわれた重要な諸原則を確認し、両国関係を正しい方向へ発展させるために重要な役割を果たした。

    胡主席は次のように強調した。中日平和友好条約締結後30年間、中日関係は困難にぶつかり、曲折をたどったが、中日関係の主流はつねに平和、友好、協力であり、中日友好協力は各分野で大きな発展をとげた。双方はさらに、中日共同宣言、戦略的互恵関係の包括的推進に関する中日共同声明を発表した。この二つの文書は中日共同声明、中日平和友好条約とともに、両国関係を導く四つの政治文書を構成し、両国関係の長期的な安定した発展のための政治的基礎を築いた。

    胡主席はさらに、次のように指摘した。中日友好協力で今日のような成果を収めるのは容易ではなかった。長期にわたり、国際情勢とそれぞれの国内情勢がどう変わろうとも、日中友好7団体を含む両国各界の有識者は、つねに中日友好の信念をもち、中日友好事業をたゆまず追求し、献身的に、倦むことなく努力を続け、きめ細かい、実り多い多くの活動を行って、重要な貢献をした。ここで、中国政府と人民を代表し、中日友好に貢献した日本の友好団体と各界の人々に敬意を表したい。

    胡主席は次のように表明した。中日関係はすでに歴史の新たなスタート地点に立ち、いま新たな重要な発展のチャンスを迎え、一層広々とした展望が開かれている。われわれは日本とともに、両国関係の正しい方向をしっかり把握し、政治面の相互信頼を増進し、互恵協力を深め、友好交流を拡大し、中日の戦略的互恵関係の持続的で、健全な、より深い発展をはかることを願っている。

    麻生首相はあいさつで、次のように述べた。30年が過ぎたが、日中両国はたえず幅広い分野で交流と協力を進めている。今日の良好な日中関係があるのは、日中友好のために苦労された方々の功績である。日中両国は永遠の隣人で、日中関係はお互いにとってなくてはならないパートナーシップである。両国は引き続きさまざまなレベルの対話と交流を進め、互恵・ウィンウィンの精神にのっとって協議と協力を深め、共存共栄をはかり、アジアさらには世界の安定と繁栄のために力を尽くすべきである。

    レセプションには李建国全人代常務委副委員長、戴秉国国務委員、孫家正政協全国委副主席、唐家璇、宋健両氏および中国側の関係省庁と団体の責任者、村山富市元首相のほか、日本の友好団体責任者、友好人士が出席した。

    1978年10月23日、当時の鄧小平副首相と福田赳夫首相が中日平和友好条約の批准書交換式に出席し、条約は正式に発効、中日関係を導く基礎的文書の一つとなった。

    (北京10月24日発新華社)



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